令和2年度 京都大学全学経費 提言まとめ

「ポストコロナ時代における新たな学校モデル」に関する提言

 

 2020年初頭からのコロナウイルスの感染拡大は、一斉休校やオンラインによる授業の実施、学外での活動の中止など、これまでの学校教育において当然だと考えられていたものに大きな変更が迫られ、それは学校や教育のあり方を問い直す契機ともなった。このような状況に対して、教育実践コラボレーション・センターでは、全学経費「ポストコロナ時代における教育問題解決に向けた学校支援の展開」(2020年10月~2021年9月)による活動を実施した。具体的な活動には、GAPファンド臨時プログラムによるプロジェクト「ポスト・コロナの初等中等教育におけるICT活用に関する研修プログラム開発と具体的提言」(代表:西岡加名恵)とも連携して行った学校への支援のほか、最近10年間の教育改革の概括、研究会の実施などが含まれている。

 こうした活動をふまえて、今後の学校及び教育のあり方について次のような提言をとりまとめた。網羅的ではないが、それぞれの項目にはこれからの学校や教育を考える手がかりが含まれている。これらの点も含めて、学校現場や教育委員会などとも協同しながらひき続き問題の解決に取り組んでいきたいと考えている。

 

 2021年9月30日

教育実践コラボレーション・センター長  南部広孝

 

 

1.学校教育と学校という場の見直しについて(南部広孝)

 学校教育はこれまで、一方では変容する社会のニーズに対応して新たな内容を組み込んできたが、他方では学校の肥大化や教育機能の学校への集中、教員の過重労働が生じているとして、その見直しを求める声も小さくはなかった。コロナ禍において、オンラインでもできること(オンラインまたは他の手段であってもやらなければならないこと)と、オンラインでは難しいこと(従来の対面による方法でなければやれなくてもやむを得ないこと)について検討され、試行錯誤が行われた。このことはまた、これまで学校教育として行ってきた活動のうち学校という場でなければできないものと、学校以外の場でも実施が可能なものについて検討することでもあったと考えられる。学校教育におけるICT活用や地域との協働・連携、教員の働き方の見直しなどが進められる中で、コロナ禍での経験をふまえつつ、学校教育としてどのような活動が行われるべきか、それらの中で学校という場でないと行えない活動はどれか、学校教育として行われる活動について教員はどのような役割を果たすべきかといった原理的な問い直しが必要である。

 

 

2.学力の保障や評価について(西岡加名恵)

 現在の日本においては、社会の急速な変化に対応する学校教育が模索されている。そうした中にあっても、知識・スキル、思考力・判断力・表現力、探究力といった幅広い学力を保障するという方向性は堅持されるべきであろう。幅広い学力を保障するためには、パフォーマンス課題やポートフォリオ評価法といったパフォーマンス評価の方法を活用することが有効である。また、子どもたち自身が自律的・自立的に学習を進める力を保障するために、的確に自己評価する力を身につけさせる指導も求められている。さらに、各学校のカリキュラム改善を進めるために、学校のカリキュラム・マネジメントを計画的に進めることが重要である。

 大学入試に関しては、選抜性の高い入試と低い入試が併存している、また共通テストと個別試験の組み合わせで大学入試を受ける受験生の割合が減っている、といった状況がある。高等学校の調査書における評価の比較可能性を高めるといった新たな仕組みを構築することによって、高等学校における多面的な評価を実現しつつ、全体の学力水準を高めるような新たな改革構想を追求すべきときが来ているように思われる。

 

 

3.学校での心のケアについて(西見奈子)

 コロナ禍のメンタルヘルスにおいて最も問題視されているのは、自殺である。警察庁の報告によると、2020年は若者や女性の自殺者が増加し、中でも10代以下の自殺は777人と1986年以来の高水準となった。一方、児童相談所(児相)に通告された18歳未満の子どもの数は統計を取り始めた2004年以降、初めて10万人を超えている。DV(配偶者や恋人からの暴力)の相談や通報も2020年は過去最多という状況である。

 コロナ禍における先行きの見えない不安やストレスは、人々を精神的に追い込んでいる。そして、学校を含めた外との関係が制限される中で、家族の関係性は密になり、そうした不安やストレスの矛先は子どもや女性に向かうことにもなりやすい。こうした状況における学校での心のケアについては、これまで以上にSNSやメール、ビデオ通話などの遠隔の心理支援を考える必要があり、すでにコロナ禍において様々な実践が行われている。しかし遠隔支援には限界もある。対面で会うことよりも情報量は少なく、自傷他害などの危機的な状況が起きたときには無力である。遠隔と対面の両方の支援方法を視野に入れながら、児童生徒の変化に気づきやすい学校の環境を作っていくことが求められる。

 

 

4.インターネット時代の教育支援組織について(服部憲児)

 コロナ禍により全国一斉休校となるなど、学校教育は大きな影響を受けることとなった。しかし、ICT活用やオンライン授業の実施、Zoom等インターネットを活用した会議の開催など、教職員や児童生徒等が情報機器の操作やソフトウェアの活用を一定程度経験できたことはプラス材料だといえる。GIGAスクール構想も前倒しされてICT環境の整備が加速されている。この状況は、極端な言い方をすれば、学校が世界と繋がる可能性の拡大だと捉えることができる。例えばSSHやWWLのような先進的な教育を行う学校にとっては、移動を伴わずに世界にある教育資源を活用することが技術的には可能であるし、これからも進化するであろう。

 他方、世界中に存在する潜在的教育資源(連携協力する組織・機関等を含む)をどうやって探すか、それらとどうやって繋がるかといったことが課題としてあげられる。教育資源の国際的目配り・開拓を各学校がそれぞれ行うのは困難を極めるし、効率的でもない。そのような情報を収集・提供したり、仲介したりする教育支援組織があると効率的であるし、学校の負担も大きく軽減される。既に開拓されている国際的な教育資源の集約や大学等が有しているネットワークをベースに、それを構築することも考えられる。

 

 

5.教育の情報化について(久富望)

 教育の情報化はGIGAスクール構想による1人1台のICT端末整備によって新たな局面に入った。まずはスモール・ステップで、学校生活の中にICT端末を馴染ませることが先決であり、社会もそれを受け容れていく必要がある。

 その先に、教育に関わるデータをどのように利活用すべきか、を見据える必要があり、日本学術会議や文部科学省からまとめや提言が出されている。この問題は、各個人が自分の情報について決定する権利を持つべきだという一般的な個人情報保護の問題ともリンクする一方で、一定の信頼関係のもとで要配慮情報も扱いながら教育を行ってきた学校機関の特殊性にも留意する必要がある。

 今後の学校では、初等中等教育を通じて、データやエビデンスに対する教員そして児童生徒の批判的思考力を養う重要性が増すであろう。教育のすべての実態をデータ化することは不可能であるし、自然科学のように、統制群を設定した実験を教育現場において行うことはできないことを前提にすべきである。また、各都道府県レベルの教育委員会に対する様々なサポートも重要になる。その先に、専門家としての実践知、教育データや教室で観察した実態を統合しながら教育を行う教師たちと、自らの学習経験、学習履歴データ、希望する未来の目標と計画を元に学び続ける子どもたちによる、教育データ利活用を行う新たな学校像が立ちあがってくるだろう。

 

 

6.ポストコロナ時代における、国境にとらわれない学校について(広瀬悠三)

 新型コロナウイルスの蔓延がわれわれに突き付けたこと、それは「切実なグローバリゼーション」である。戦争の非常時ではなく、日常の平時においてさえ国境を越えた影響関係が自分の生命に直結する事態を、この新型コロナウイルスはわれわれに示した。それは変異株を含めた当ウイルスに罹患するという意味でも、またグローバル企業が開発したワクチンを接種し自分の身体が守られるという意味でも、そうである。ポストコロナ時代の学校は、この世界の状況と同様に、切実なグローバリゼーションに対峙して、新たに構築される必要がある。その際重要となるのは、グローバルに開かれつつも、内容を丁寧に見極めながら受け入れつつ、自分の場の特殊性をさらに踏まえて、それらを教育に活かすという視点である。国境にとらわれない教育、そして学校を、形式・制度面でも、理念・内容面でも真剣に検討する時期にきている。具体的には、国が定める学習指導要領によらない自由な学校、オルタナティブな学校を、学校として考え、吟味することで、新たな諸学校(schools)を生み出していくことが求められる。

 

 

7.高等職業教育の展開について(張潔麗)

 高等教育システムにおいて、職業・産業界との緊密な関係性を重要視する学士課程段階の教育内容やそうした教育を提供する機関は、産業構造及び就職状況の変化に伴ってその必要性がより顕在的になってきている。一方で、次のような課題も見られる。まず、より特定の職種、職業を想定した高等職業教育では、企業等の現場で必要な知識及び技能の育成に重点が置かれるなかで、こうした高等教育機関外の需要をいかに把握し、対応できるようにするのか。また、それに関連して、現場での長期的な実習が高等教育の一部として実践される場合、その質をどのように保証し、その責任の主体をどのように明確にするのかも今後の課題である。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大が見られる状況において、オンライン教育では対応できない実技能力や対人能力の育成について、さらなる施策や取組の検討が必要となってくると言えよう。

 

以上

 

 

全学経費による活動については以下も参照いただきたい。

・最近10年間の教育改革の概括

  京都大学大学院教育学研究科教育実践コラボレーション・センター 監修、南部広孝 編著

 『検証 日本の教育改革-激動の2010年代を振り返る(仮)』学事出版(2021年10月31日刊行予定)

・第39回「知的コラボ」の会(E.FORUM2021 連続研究会合同企画)

  「教育ICTプロジェクトとその先の未来」

 日時:2021年7月3日(土)17:00~19:00

 講師:前田康裕 先生(熊本市教育センター・主任指導主事)

 概要報告は こちら 

・第41回「知的コラボ」の会

  「ポストコロナ期の中国における学校教育でのICT活用」

 日時:2021年8月3日(火)13:00~14:30

 講師:李建民 先生(中国教育科学研究院・副研究員)

 配付資料は こちら

・GAPファンドによるプロジェクトについては こちら

 

平成25年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)基礎研究A「学校を中心とする教育空間における力動的秩序形成をめぐる多次元的研究」